2016-11-30

2016年11月19日<ひとり琴 参弦~心つまびく>に向けて
調律師&製作家のアトリエ響樹 加屋野木山さん
新しいコンセプトのチェンバロを製作してくださいました
(※ 現在この楽器はアトリエ響樹にてレンタル受付中)

  事始め・・・新木場へ 


Facebookに掲載された 加屋野さんご自身による
製作過程紹介の文章を 動画や写真を交えてこちらに転載します

2・・・底板製作
4・・・木目と加工
5・・・側板接着
6・・・内部材接着
7・・・響板製作
8・・・響板接着
13・・・塗装
16・・・張弦

2016-11-19

その1:木材選定と鍵盤製作

ひとり琴 参弦のテーマは、リュートなど、つまびく音楽ということで、キタローネチェンバロを製作することになりました。
プログラムで演奏されるのは、リュート曲や、リュート作曲家と縁のある曲ということで、普通のチェンバロでは出せない響きへの挑戦です。

リサイタルの方向性を伺い、コンセプトカラーは緑、山縣さんと新木場へ行き、材料から共に選考致しました。
鍵盤は緑色のパロサントという希少な木材を選びました。

今回は、その鍵盤製作をまとめたビデオをご紹介致します。

ヒノキの木材を大きな板状に接着して、図面を書き込み、オサと呼ばれる鍵盤ベッドにピンの穴を開けていきます。
切り裂いた鍵盤には、白鍵の部分に緑のパロサントを接着、黒鍵にはウォルナットを接着していきます。
可動する為の加工を幾つも繰り返し、鍵盤らしくなりました。



これから本体の製作を随時ご紹介して参ります。
山縣さんの音楽世界に少しでも貢献できる楽器を製作し、皆様とギャラリー鶉でお会いできることを楽しみにしております!    

 (8/23 加屋野木山)

その2:底板製作


ボディは底板から作ります。
レッドシーダーという木材を接ぎ合わせ、大きな一枚の板にします。
そこに図面を書き込み、ジグソーで成形していきます。



普通のチェンバロでは、鍵盤が乗る部分は垂直な木目の別の板を合わせるのですが・・・
今回の楽器は鍵盤が中空に浮くので、前から後まで同じ木目の板でも問題は生じません。



実際の大きさに遭遇する瞬間でもあります!
大きな翼からどんな音が生まれるのか、ワクワクがクレッシェンドし始めました!

(8/25 加屋野木山)

その3:テール、ベントサイド製作

チェンバロのオシリの話しをしましょう。
オシリには、とんがったものとまぁるいものと、二種類あります。
ほとんどのチェンバロは、とんがっています。
現代のチェンバロ製作は歴史的な名器を元に復元されることが多いので、ジャーマン等を除くと、とんがってしまいます。

今回のテーマは、リュートやギターに関わる音楽。
当時はガット等の柔らかい弦を使用していました。
ですからボディは、音の為にも非常に薄作り。
薄い材料を用いると、心配なのが強度です。

よく観察してみますと、薄作りの楽器のボディは様々な曲線に溢れているんですね。
実は、同じ材質でも、直線な平らよりも曲線を駆使した方が、弦に引っ張られる力に負けにくくなるんです。
身近な例を挙げますと、ペットボトルの容器。
あれだけ薄い材質に様々な凹凸を駆使して、デザイン性と強度を増しているんです。

今回のチェンバロでは、金属弦を使いません。
ですから、リュートのような薄いボディで強度と音響のバランスを取ることにしました。
ですので、オシリはまぁるくします。

 

しかし、板を曲げるのは簡単ではありません。
割れないように熱を加えながら、じっくりと。
真夏のストーブは…たいへん心地よい汗をかけます!
割れないか、ちょっぴり冷汗も混じります…
オシリを曲げたらベントサイドも曲げ、整形した底板とピッタリ同じカーブになるように。
少しだけ、2次元から3次元へ、脱皮を始めました!

(8/29 加屋野木山)

その4:木目と加工

チェンバロは、音の出る装置としてだけでなく、装飾を施した視覚的にも美しい存在でもあります。
どのような外装にするか、嬉しく悩む時間もあります。
材料を買いに山縣さんも新木場に同行され、リュートやギターの音楽のリサイタルということで、それらと同じ様に木目の装飾を希望されました。
私は音響的な側面からメープルを使用したかったので、木地仕上げでも美しくなるであろうカーリーメープルを推薦し、了解をいただきました。



ベントサイドを曲げる時に長めの材料を使い、チークにそのまま木目がつながるよう、薄いノコギリを用いて切断しました。
そして、チークとスパインには、ピン板とベリーレールの溝を彫り込みます。
仮組をして確認し、いよいよ次は底板に接着です!

木目の美しさを手の平で感じていると、カナダの厳しい寒さの中、何十年もそびえていた樹木時代を想像してしまいます。
新しい命をちゃんと吹き込めるよう、がんばらねばと、気合いが入ります。

(9/1 加屋野木山)

その5:側板接着

オシリのまぁるいチェンバロは、3枚の部材で構成されています。
材質は、振動損失の少ないメープルです。

まずは、低音側のスパインを接着。
つぎに、テールと一体になったベントサイド。
最後に、高音側のチークを接着。
チークを付ける時には、溝にベリーレールとピン板を挟み込みながら接着します。
 


今回の楽器には、試みとして、ヒザペダルを装着します。
ピン板が付く前に取り付けてみました。
ペダルについては、またあらためて。

世界一狭い工房で、また新たな立体が登場しました。
台風で家が流されたら、これに乗って避難したいと思います。

(9/4 加屋野木山)

その6:内部材接着

チェンバロのボディは、ギター等と同じように箱状になっています。
何百キロにも及ぶ、弦が引っ張る力は、その箱の中の内部材によって、壊れないように補強されています。

まずは、響板がのる外周のライナー。
ピアノでは内廻しと呼ばれていますが、振動を吸収しない材料を選びます。
次に、底板とライナーを固定するニー。
三角形で、ライナーにかかる張力を底板に逃して、変形を防ぎます。
そして、ライナー同士を渡すブレス。
沢山の弦が密集する高音部では、ブレスによって、より強度が増します。


こうした内部材が脆すぎると変形しますし、丈夫すぎると鳴りが悪くなるので、材質や形状、位置等、様々な工夫が必要になります。
完成した楽器では見ることの出来ない箱の内部でも、たくさんの木材が活躍して、なに食わぬ顔をした安定が維持されているのですね。

私は、内部材も含めた全ての材料を叩いて音を確かめています。
同じ材料でも、モソッとした材は使いません。
接着した後でも、叩いて音を確かめます。
ですので材料達は、完成するまで何度もノックされ、さぞ迷惑がってることでしょう。

(9/7 加屋野木山)

その7:響板製作

もっと早い段階でお伝えすべきでしたが、私の製作方法の幾つかは、歴史的工法に倣っていないものがあります。
その際たるモノが、響板かも知れません。

弦の振動は、空気に触れる面積が少ない為、そのままですととても小さな音です。
ですので、広い面積に拡散させ、楽器らしい音にします。
その役割を担っているのが、響板と呼ばれる、弦の下に広がっている薄い木材です。
最も音響的に影響が大きくなる部材です。

私は、響板の木目を放射状に配置します。
今回は、中低音部にスプルース、中高音部にレッドシーダーを使用しました。
駒(ブリッジ)と響板の木目を出来るだけ垂直に近づけることによって、少ない部材で最大の強度を得ることができます。
それによって響板もフリーになり、弦の振動の損失が少なくなり、効率良く音のエネルギーとして放出されます。



7枚の板をはぎ合わせ整形して、表にはブリッジ、裏にはカットオフバー等を接着します。
製作家の友人は何故かこの二色の響板を見るたびに「ホッキ貝食べに行きましょう」と誘ってきます…。

(9/12 加屋野木山)

その8:響板接着

成形し、厚みを削り、表と裏に部材を着けた響板。
ローズ孔を開けて、いよいよボディに接着です!
これは時間との勝負でもあります。

4メートル以上の部分に接着剤をつけ、それが乾かないうちにクランプで圧着するので、当て木やクランプの位置を入念に準備します。
私は、アッパーブレスにカットオフバーを接着するので、その為の正確な位置出しも慎重にやります。
はみ出してくる接着剤と当て木がくっつかないように、サランラップを敷いて予防します。
この段取りだけで、1時間以上かかります。
ボンドを流したら、戦闘状態!
この時、万が一大地震が来ても、私は逃げないでしょう…。


一晩置いてクランプを外すと、いよいよ楽器らしくなってきて、一人でニンヤリする怪しいオジサンに変身します…。

(9/15 加屋野木山)

その9:ヒッチピンレール&ナット接着

チェンバロの部材の中で最も強い力に耐えているのはヒッチピンが打ってあるレールです。
ヒッチピンは、ヒッチハイクのヒッチと同じ言葉で「ひっかける」という意味があり、文字通り弦をひっかけるピンです。

一本あたり3~5キロの張力がかかるとすると、レール全体ではかなりの力がかかり、常にボディから剥がされる方向にひっぱられています。
弦に対して角度が強くなる高音部や低音部は、単位面積辺りのヒッチピンの数が増えるので、直線の中音部のレールより大きな力がかかります。
ですので、このヒッチピンレールの接着は、響板への下への接着と側板への横への接着を、がっつり力を加えて圧着しなければいけません。

ヒッチピンレールの高さは、オリジナルに従うと響板を上から押し付ける力が強くなり過ぎるので、私はブリッジと同じ高さにしています。
ピアノで駒圧と呼ばれている響板への圧力は、強いほど、響板の自由な振動を抑えて弦のエネルギーを無駄にしてしまいます。
ヴァイオリンの駒にオモリをつけると音がミュートされてしまいますが、あれと同じ現象が生じてしまいます。

ピン板には、ナットを接着します。
このナットとブリッジの間の距離が、音の高さに関わる弦長になります。



私がコンサートの前夜に見る悪夢のNo.1は、遅刻してペコペコ謝る夢ですが、次が、ヒッチピンレールが剥がれ呆然とする夢…
ですので、ヒッチピンレールの接着は、どうか正夢にならないようにと、祈るようにクランプを締め付けています…

(9/23 加屋野木山)

その10:屋根(蓋)製作

塗り潰す装飾の楽器の場合、屋根には反りにくく安定した合板を使うのですが、木目を生かすボディの場合は同材を使用します。
木目というのは実に芸術的で、それらを組み合わせて大きな面積にする時は、うまく生かせるよう楽しく悩む時間でもあります。

屋根は、大きな翼型のものと小さな長方形のものと、2つの部材で構成されています。
今回、小さな屋根には、森の守護神フクロウ君が浮き出てくれました!
「ワシの眼は節穴じゃないのに…」と怒られそうです…
フシとフシを合わせてフシアワセになったらどうしましょう…
失礼致しました…

11月19日のリサイタルでは、ギャラリー鶉の響きや会場設営の関係で、屋根を外したコンサートになるかも知れません。
もう少し大きな会場ですと、屋根は、チェンバロのサウンドを左右する大きな役割を担うこともあります。
私は普段、できるだけ音を遠くに飛ばしたいので、経験上75〜78度くらいの角度になるように突き上げ棒の長さを決定しています。

通称では「屋根」「ふた」と言われていますが、時々、小さな屋根を 「小蓋」と呼ばれる方もいます。
間違いではないのですが、驚くこともあります。
リハ中に突然、ステージから「あの、コブタはどうしましょう?」と問われ、思わず「ぁ、はぃ、いただきます」などと答えてしまったり…

(9/29 加屋野木山)

その11:レジスター製作

音を出すアクションは大きく二つあり、弦をはじくツメのついたジャックと、そのジャックをガイドするレジスターです。
レジスターは、ジャックより0.1ミリ広い穴を開けて、上部と下部の二列のガイドで、左右前後にブレることなく上下運動を促します。
イタリアンやジャーマンではボックスタイプで、この二列が一体になっており、フレミッシュやフレンチでは二列を別々に取り付けています。

 
 
ボックスタイプの弱点は、ピン板とベリーレールの間にスペーサーが入らず、弦の張力による変形に脆いことです。
一方、上下別々に取り付けるタイプの弱点は、レジスターをスライドさせた時にジャックが斜めになってしまうことです。
ですので私は、この両者の弱点をカバーできる、ハシゴ型のレジスターを作っています。
上部と下部はネジ留めなので、弦を張った後でも取り外しが可能で、後々トラブルが生じても対応出来ます。

大きな木工が終わり、これからはチマチマした作業が続きます。
一列に57本のジャックが付くので、何かヒトツの作業に1分かかると、二列でだいたい2時間ほどかかります。
夏の木工では体力が必要でしたが、アクションや鍵盤作業には視力と耐力が求められます。
だからでしょうか。
費やしてる時間に比例するように、知らぬ間に愛着が湧いてしまいます。

(10/4 加屋野木山)

その12:ブリッヂピン位置出し

通常の製作過程では、 響板を接着する前に、ブリッヂピンは図面から位置を出して打ってあるのですが、私の場合は違います。
鍵盤とレジスターの位置を決めてから、ひとつひとつ正確に弦の位置を決めます。
その最初が、ブリッヂピンの位置出しです。

レジスターにジャックを立て、弦が通る位置をひとつひとつブリッヂに記していきます。
中音や低音など定規の届かない場所は、釣り糸を引っ張って記していきます。
そして、穴を開けてピンを打っていきます。
3ミリ程度の薄い板にピンを打つのは、板が割れたりピンがしっかり刺さらないのではなどと懸念されそうですが、問題はありません。

 

この後、ナットピン、調律ピン、ヒッチピンと位置出しが続いていきますが、1ミリの誤差は、長い直線上で大きな誤差になります。
弦の間隔の不揃いや、サイドベアリングの角度の不揃いは、ツメの長さや音色に影響を及ぼします。

がしかし、この作業は手間がかかります。
集中力の維持も、心がマッチョになりそうで、終わった時にはヘロヘロになります。
そんな時、最高の疲労回復は、やはり浦和レッズの勝利に尽きるでしょう!
勝っている間は、頑張り続けられます!
もし負けたら…
11月19日のリサイタルまで勝ち続けてもらえるよう、皆さんも応援して下さい!

(10/6 加屋野木山)

その13:塗装


仕事とのタイミングの関係で、今回は時間を有効活用する為に、弦を張る前に塗装も始めました。
私は塗装が大嫌いです。
どんなに丁寧に木工をやっても、この塗装で台無しになる可能性があるからです。
逆に言えば、塗装を綺麗に仕上げればそれなりに見栄えがする、と考え直し、木目が活きるカシューを重ねていきました。
表側の後に、少し薄い色で内側を塗っていったのですが、何故かフォルテピアノにしか見えない…
やはり 塗装は嫌いです…
 (10/7 加屋野木山)

その14:ナットピン、調律ピン、ヒッチピン

ブリッヂピンを打ったら、そこから線を引っ張ってきて、レジスターに合わせてナットピンの位置を決めます。
次に、ブリッヂからナットまでの直線上に、サイドベアリングの角度をつけて、調律ピンとヒッチピンの位置を決めます。



サイドベアリングの角度は、小さいと、音は伸びますが薄くなり、大きいと、音は鮮明になりますが減衰が早くなります。
金属弦でしたら、ベアリングの角度によって弦が切れやすくなったり、調律が合いにくく狂いやすくなります。
ですので、ひとつひとつ正確に位置を出すのですが、穴を空ける時の微妙なズレで、せっかくの作業が台無しになることもあります。

専門用語が多くなり過ぎました。
簡単に申し上げますと、弦を大切に張りましょう、となります。

(10/8 加屋野木山)

その15:ギャップスペーサー製作

弦の位置が出たら、弦を張る前に、もっとも大切なスペーサーを入れます。
見えない部分の最後の仕事です。

響板が接着されているベリーレールとピン板との間は、フリースペース。
弦の引張っる力で、この隙間は狭くなります。
どんなに丈夫な木材で厚めに作っても、90センチ近くの直線の隙間は、必ず狭く変形して来ます。
対策は、2つ。
隙間を広めに取るか、隙間に、つっかえる部材を取り付けるか。
このつっかえる部材をギャップスペーサーといい、隙間を狭くさせない役割と、レジスターが乗っかる役割を果たしています。

隙間が狭くなると、まずレジスターが動きにくくなります。
やがて、動かなくなります。
このスペーサーを木製で二箇所程度のみという、非常に脆い楽器に何度も出会い、それらは弦を全て外してオーバーホールになりました。
木製のスペーサーは、変形するとジャックに接触して動かなくなり、最後は音が出ないどころか、鍵盤が押せなくなります。
そうしたトラブル回避だけでなく、このスペーサーが丈夫であることによって、弦の振動エネルギーの損失が減ってきます。



私は、鉄のスペーサーを作り、今回は6箇所に設置。
バック8の弦とフロント8の弦の間に正確に位置するように、線を張って現物合わせします。
今回の楽器は、金属弦ではなく、フロロカーボン系。
弦の太さや材質は音を出しながら決めるので、最終的にどれだけの張力がかかるのか未定です。

武満徹は少年の頃、防空壕の中で紙鍵盤を広げて弾いていたそうですが、その時、本物のピアノより素敵な音が聴こえていたそうです。
私も妄想力が逞しいタチなので、この弦を張る直前が最もワクワクできる時間です。
弦を張って音が出始めると、厳しい現実が待っています。
ただ、幸いにもレッズが頑張っているので、メゲずに現実と向き合えそうです。

(10/11 加屋野木山)

その16:張弦

第三回目になる《ひとり琴 》、今回のテーマは「リュート曲の周辺」ということで、金属弦を使わないチェンバロへの挑戦です!
当時も、ガット弦を使用したリュートチェンバロなるものが実在したそうですが平成ジャポンに生きてる者としては、現在の素材で。
いろいろ調べて、様々な太さと素材を集めて、音を鳴らしながら弦を張っていきます。
フロロカーボンやテトロンなどなど…中には、三味線や琴の弦もあり音の輪郭や、隣りの音との繋がりを吟味して、最終的には全て、フロロカーボン100%になりました。

化学素材の弦は、金属弦に比べるとどうしてもエネルギーが小さく、子音も少ないので、音量は豊かになりません。
そして、伸びる伸びる!
弦を張って一週間は伸び続けて、調律ピンに巻き付いた弦は、金属弦の三倍以上。
低音と高音のバランスが思うようにいかないのですが、どこかで着地点を設けなくては終わらない作業。
そんなふうに、二日もかけて、試行錯誤にピリオド。



調律ピンとピン板の穴は、0.1ミリの差があるのですが、そのまま打つとピンはカキンコキンなので、テフロンやタルクの粉を付けます。
そんな難産でしたが、ようやく産声があがりました!

(10/16 加屋野木山)

その17:ジャックとペダル

いよいよ、本番までひと月を切りました。
楽器製作過程の報告も、間も無く終了です。
来週には山縣さんのお宅へ搬入予定です。

ジャックには、はじくタイミングを調整できるよう、下端にネジをとりつけます。
このネジは同時にオモリの役割も果たします。
3.5ミリの厚みのジャックに2ミリの穴を空ける作業は、慎重に行われます。
まっすぐドリルを入れればまっすぐな穴が空くと思われがちですが、硬い木材ですと、そうはいきません。
木材の中には木目が幾層にも重なっており、細いキリは簡単に木目に翻弄されて、穴は斜めに空いてしまうのです。
ネジを付けたジャックは、まずcの音にツメを入れて、全体のバランスをみながら厚みや形状を決めます。


最後にダンパーを付けるのですが…
今回の楽器には、ヒザペダルが付いています。
鍵盤全体を1ミリ持ち上げダンパーを開放する、というシンプルな仕組みです。
現在弾ける状態のリュートチェンバロには、音の減衰が早いせいか、ダンパーそのものが付いてないモノが多く見受けられます。
全て開放弦の豊かなサウンドも魅力ですが、曲によっては、残響が残らない方が音楽的なモノもあります。
ですので、どちらも可能なように、大げさにならないシンプルなシステムのダンパーペダルを試みてみました。

そして、このペダルシステムによって、ダンパー取り付けの位置は普通のチェンバロよりシビアになってきます。
ただ音を止めれば良い、だけでなく、ダンパーフェルトとツメの間に均一な隙間を作らなければいけません。
余談ですが、チェンバロのジャックと車を持ち上げるジャッキは同じ言葉です。

(10/20 加屋野木山)

その18:最初の終わり

音が出るようになってから、更にこまごまとしたものを作って、ようやく完成です。
譜面台は、左右に動かせて、更に角度が二段階に調節でき、一段鍵盤の場合は手前に来すぎないように。
レジスター切り替えレバーは、数ミリの動きが数倍になるよう支点を決めて、手を傷めないようなツマミを作ります。
ヒザペダルは、運搬を考慮し脱着可能なシステムにして、なおかつヒザの位置に合わせて角度も変えられます。
 


私は、最初のチェンバロから三本脚にしてきました。
最低限の接地によって振動エネルギーの損失を減らし、楽器にネジ込む事で、地震などにもへっちゃらです。
先日山縣さんにも試奏に来ていただき、普通のチェンバロとは異なったタッチと響きを体験してもらって、仕上げの方向について話し合いました。
今日、最終調整をして、最初の終わりです。

楽器には、幾つかの終わりがあります。
昆虫の変態のように、それは成長ともいえます。
リサイタルのチケットは、間も無く完売の気配。
聴きに来てくださる聴衆の皆様の為に、演奏家も楽器屋も、全力で駆け抜けた夏になりました。
11月19日、お会い出来ることを楽しみにしております!と、産まれたての楽器が申しております!
名前は、キタローネチェンバロの「木太郎」君です。

(10/28 加屋野木山)